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千葉地方裁判所 昭和42年(行ウ)9号 判決

原告

木村良吉

代理人

柴田睦夫

高橋勲

被告

千葉税務署長

阿久津三郎

指定代理人

青木康

外五名

主文

1、被告が原告に対し昭和四一年一月二〇日付でなした昭和三八年度分および昭和三九年度分の所得税の各更正処分をいずれも取消す。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

主文同旨

二、被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張した事実

一、原告の請求原因

1、原告は千葉市内で食肉、タバコ等の小売商を営むいわゆる白色の税務義務者で、昭和三九年三月一六日、昭和三八年度分の所得金額を五四一、〇〇五円、税額を一六、二〇〇円、昭和四〇年三月一五日、昭和三九年度分の所得金額を四三一、六五〇円、税額を二二、二〇〇円とする白色の確定申告をした。ところが、被告は昭和四一年一月二〇日昭和三八年度分の所得金額を八三一、一〇〇円、税額を六〇、六〇〇円、昭和三九年度分の所得金額を七四五、一四九円、税額を七一、四〇〇円とする更正処分をなし、その旨原告に通知した。(以下本件各更正処分という。)

2、原告はこれを不服として、昭和四一年二月一四日被告に対し異議申立をしたが、被告は同年五月一六日これを棄却する決定をし、その旨原告に通知したので、原告は同年六月一四日東京国税局長に右各棄却決定を不服として審査請求をなしたが、昭和四二年六月一二日いずれも棄却され、その旨通知を受けた。

3、ところで、本件各更正処分は、いずれも所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの、以下同じ。)四五条三項のいわゆる推計(以下右規定に基づく課税を推計課税という。)によりなされたものであるが、以下の理由により違法であつて取消を免れない。

(一) (本件各更正決定の理由不備の違法)

更正決定をなすには、更正した理由の付記を必要とすると解すべきところ、本件各更正決定書にはいずれもその記載がない。したがつて、本件各更正処分は違法であるというべきである。

(二) (推計課税をなす前提としての所得税法六三条の調査権―以下単に質問検査権といい、同条三号のそれを反面調査ともいう。―行使の違法等と推計課税の違法)

(1) 質問検査権は、確定申告が過少であるなどの合理的な疑い、すなわち調査の合理的必要性がなければ行使できず、また質問検査権の行使に際しては、これを開示すべきであるところ、被告は右合理的必要性がないにもかかわらず、質問検査権の行使と称して、原告店舗への数度にわたる臨場調査(以下、本件質問検査権の行使という。)をなし、かつ原告の要求にもかかわらず、右開示を拒否した。

(2) (イ)、昭和三九年夏頃千葉税務署職員が原告宅を訪れ、原告の承諾なく机上の書類いれのひきだしを開け、小切手帳を取り出し、これを写しとつた。

(ロ)、昭和四〇年九月四日千葉税務署職員二名が原告宅を訪れ、原告の承諾なく、壁上にピンで留めてあつた千葉民主商工会(中小商工業者の生活と営業の権利を守る組織体で、加入者は約七〇〇人であり、以下単に千葉民商という。)からの総会招集の通知に関する葉書をはずして、その内容を写し、さらに「民商にはいつているのか。」などと問いただした。

(ハ)、同月八日千葉税務署職員三名が原告宅を訪れたが、原告の長男国造や原告の委任を受けて税務調査に立ち合つた千葉民商事務局員が葉書の内容を無断で写しとつたことにつき抗議したところ、「税務署員が必要と認めたならば、納税者に関することはなんでも調べることができる。葉書を写したことによつて、どんな人権が侵害されるのか。」などと暴言をはいた。

質問検査権は、国税犯則取締法上の調査と異り、いわゆる任意調査であるから、これの行使には、相手方の同意を必要とするにもかかわらず、原告の同意を得ることなくなされた(イ)の行為、および調査の対象は所得税法六三条によれば「事業に関する帳簿書類その他の物件」にかぎられ、事業に関係のない本件葉書などは調査の対象とならないことが明らかであるにもかかわらず、右葉書の内容を写しとつた(ロ)の行為は、いずれも違法であり、また(ハ)の行為は明らかに質問検査権の行使を逸脱したもので違法である。

(3) もともと被告は千葉民商を破壊する目的で質問検査権を行使したのである。このことは先に述べた昭和四〇年九月四日千葉税務署職員が原告の長男国造に対し、「葉書を写しとつたのは、民商がどういうものか知りたかつたので。」といつたり、税務署が納税者に対し千葉民商をあたかも反税団体であるかのように宣伝し、あるいは税務署の玄関前に署長名で「千葉民商工会の会員は、税務調査を拒否したり、または引き延ばしを図つたり、税理士の資格を持たない事務員や会員の人達が調査に立ち合おうとしたり、妨害するなどの悪質な行為が目立つています……。」と記載した看板を立てかけるなどして、事実と全く相違するデマ宣伝をしていることから明らかである。

以上(1)、(2)、(3)で述べたとおり、推計課税の前提手続を構成する質問検査権の行使自体が違法であるから、右違法な行為を前提としてなされた本件各更正処分は(推計によると否とにかかわらず)違法であり取消さるべきである。

かりに右主張が認められないとしても、原告は昭和三八年度分および昭和三九年度分の事業に関する売上帳や仕入帳等の帳簿書類を有しており、かつ被告の正当な税務調査には応ずる用意があつたのであるが、被告が、所得調査の合理的必要性を開示せず、また右(2)の(ロ)で述べたように、被告の違法行為に対し原告の長男国造が陳謝を求めたのに、被告がこれに応じなかつたため、被告の質問検査権の行使を拒否したのであつて、右拒否は正当なものであるにかかわらず、被告が原告のこの行為をとらえて調査拒否があつたとしそのため実額課税ができないとして直ちに推計による本件各更正処分をなしたのは違法である。

(三) (推計課税の内容の違法)

(1) 、被告は当時推計の基礎となる資料を有していたわけではなく、単に見込で本件各更正処分をなした。

このことは、更正処分時における被告認定の昭和三八年度分および昭和三九年度分の課税標準が、それぞれ八三一、一〇〇円、七四五、一四九円であるにもかかわらず、審査請求に対する棄却決定時における審査庁認定の右各課税標準が、それぞれ八三六、三〇〇円、九三九、四三八円となり、さらに本件訴訟において被告主張の右各課税標準が、それぞれ一一二〇、八四七円、一一八二、二六八円であることや、被告の主張する原告の取引先等の反面調査が、本件各更正処分後あるいは本件訴訟が提起されてからなされたことから明らかである。

(2) そもそも、課税処分取消訴訟の審理の対象は、処分の違法性の有無すなわち右処分が適法な手続に基づいてなされたか否かということであつて、直接には課税標準、税額等がいかほどかということではない。本件各更正処分についていえば、推計による課税標準等が右処分時の資料によつて認定できるか否かということが審理の対象となるのである。したがつて、かりに右(1)の事実が認められないとしても、本件各更正処分の課税標準等を当時の資料によつて認定することができないので、本件各更正処分は違法である。

(3) 被告は推計の基礎となる資料を収集するため、原告の取引先や取引銀行の反面調査をなし、これにより得られた資料を利用して本件推計課税をなした。ところで、反面調査の目的は取引先等の所得の調査にあるのではなく、納税者の所得の調査にあるのであるから、反面調査は納税者の同意あるいは承諾がなければ行使しえないと考えられる。しかし、原告は被告の反面調査につき承諾を与えていないのであるから、右調査は違法であり、違法な反面調査により得られた資料を利用してなされた本件各更正処分は違法である。

(4) 以上の事実および主張が認められないとしても、推計課税の基礎資料として、前記(二)(2)の(イ)で述べた小切手帳の写が使用されており、右小切手帳の写は違法に収集されたものであるから、これを使用してなされた本件各更正処分は違法である。

二、被告の答弁および主張

1  請求原因1、2の事実をいずれも認める。

2  (一) 請求原因3の冒頭の事実のうち、本件各更正処分が推計によりされたことを認めるが、右各更正処分が違法であるとの点を争う。

(二) 請求原因3の(一)の事実のうち、本件各更正処分の通知書には理由の付記がないことを認める。しかし税法では青色申告を更正する場合のほかは更正理由の付記をなすべきことは要求されていない。

(三) (1)、請求原因の3の(二)(1)の事実のうち、原告店舗への臨場調査の際、千葉税務署職員が調査の合理的必要性を原告に告知しなかつたことを認めるが、その余の事実を争う。

質問検査権の行使には、その合理的必要性を要するとか、これの開示とする旨の明文の規定はなく、税務署長としては、申告の内容が真実に反していると合理的に疑うに足りる事情の存否にかかわず、申告がはらたして適法であるか否かを確認する職責を有するというべきである。

もつとも本件においては、被告は本件各更正処分をなすに先だち、原告提出の昭和三八年度分および昭和三九年度分の各確定申告書を調査したところ、右申告書の表面の所得金額の内訳欄には専従者控除額および所得金額が記載されているのみで、当然記載を要すべき収入金額および必要経費の記載がなく、しかも収支計算書の添付もなかつた。したがつて、原告の申告した所得金額がはたして所得税法の規定に基づいて正当に算出されているか否かを確認するため、および原告が昭和三八年一一月に家屋を増築したのでその建築資金についてもあわせて調査を行う必要があると認められたので、被告は所部の職員をして所得調査を行わせたのである。

(2) (イ)、請求原因3の(二)2(イ)の事実のうち、小切手帳を写しとつたことを認めるが、これは原告の承諾を得て適法になされた。

(ロ)、同(ロ)の事実のうち、原告主張の葉書の内容を写しとつたことを認め、「民商にはいつているのか。」などといつたことを争い、千葉民商の組織、実体等は知らない。葉書の内容を写しとることについては原告の承諾を得ている。

(ハ)、同(ハ)の事実のうち、千葉税務署職員が原告主張の内容の暴言をはいたことを争うが、その余の事実を認める。

(3)、請求原因3の(二)(3)の事実のうち、税務署の玄関前に原告主張の看板を立てかけたことを認めるが、その余の事実を争う。

税務署が納税者に対し民商をあたかも反税団体であるかのように宣伝するとの原告の主張は、被告が昭和四二年二月二三日付で訴外藤田伝に送付した文書をさすと考えられ、また看板は昭和四二年三月一〇日から同月一五日までの五日間立てかけられたのであつて、以上はいずれも本件各更正処分後の出来事であり、これをもつて、税務調査が千葉民商破壊の目的をもつてなされたということはできない。

そもそも右藤田に送付した文書の内容は、納税義務者として適正な申告をなすよう依頼したにすぎないものであり、また看板を立てかけるに至つた事情は次のとおりであり、税務署長の正当な広報活動である。

すなわち、昭和四二年三月一〇日午前一〇時五〇分頃千葉民商の事務局員ら六名が千葉税務署玄関前の路上で、折から確定申告書の提出や納税相談のため来署した納税者および一般市民に対して情報宣伝活動を開始し、宣伝ビラを配布した。右ビラには「政府(税務署)は、中小業者からもつともつと重税をしぼりとろうとアノテコノテを使つてひどいことをしています。」などとの記載があり、ことさらに事実に反することを宣伝し、納税意欲を阻害する行為をなした。このような不当な宣伝がなされたのに、これをそのまま放置すると、納税者や一般市民にあたかも千葉民商の宣伝が正当であるかのような誤解を与え、ひいては、適正、公平な課税の実現が困難ともなりかねないので、被告は、納税者や一般市民が右宣伝に惑わされないようにするための措置として、やむを得ず、前記看板を署の玄関前にたてかけたのである。

ところで、白色申告者に対する更正処分をなすにつき、処分前に履践すべき所得税法上の手続規定はなく、質問検査権の行使は、資料収集の一つの手段にすぎないのであるから、質問検査権の行使と更正処分とは異る領域に属するというべきである。したがつて、質問検査権行使の違法が、ただちに更正処分の違法を招来するものではない。なお被告が推計により本件各更正処分をなしたことについては、次項において述べる。

(四) (1) 請求原因3の(三)(1)および同(2)の事実のうち、原告主張の各段階で課税標準が相違していることを認めるが、その余の事実を争う。

課税処分取消訴訟で直接審理の対象となるのは、現になされた課税処分の適否であつて、実際の課税標準税額等ではないから、課税処分についても手続上の違法を問題にしうる余地はある。その意味では、課税処分取消訴訟は純然たる民事上の債務不存在確認訴訟とは異る。しかし、課税処分は客観的抽象的にすでに成立している租税債務を確認し、それを具体的に確定するための一つの方法にすぎず、かつ先に述べたように青色申告を更正する場合の帳簿書類の調査、理由の付記などのほかには、課税庁が課税処分をなすに際して、一定の手続を履践すべき所得税法上の手続規定は存在しないから、課税庁の認定、計算した課税標準等または税額等が税法に違反しているかどうかは、青色申告の更正の場合を除き、もつぱらそれが実際の課税標準等または税額等を超えているかどうかによつて決せられるのである。したがつて、実際の課税標準等または税額等の認定根拠は単なる攻撃防禦方法にすぎない。そして実際の課税標準等または税額等が本来課税処分よりも以前にすでに一義的に決つている建前であるかぎり、右処分の違法性の判断はこれを処分時で判断しても、それ以後の時点において判断してもその判断内容が異るはずがないから、右判断は原告主張のように処分時の資料によつてのみなすべきであるということはできない。

(2) 同(3)の事実のうち、被告は推計の基礎となる資料を収集するため、原告の取引先や取引銀行の反面調査をこれらの者の同意を得て行い、これにより得られた資料を利用して本件各推計課税をなしたことおよび右反面調査をなすに際し、原告の承諾を得ていないことを認めるが、右反面調査が違法であるとの原告の主張は争う。

3  (被告の質問検査権の適法性)

(一) 千葉税務署職員は昭和三九年夏頃、原告の昭和三八年度分の所得税の調査のため原告宅に赴き、身分証明書、検査証を示して、同年度分の帳簿書類の呈示を求めたが、原告は煙草と食肉の仕入金額を便箋に記載して提出したのみで、その基礎となる帳簿書類を呈示しなかつた。それで右書類の提出を求めたところが、原告は原始記録の保存は一切なく記帳もしていないと答え、また同職員の「食肉、煙草以外のハム、ソーセージおよびその他の食品の仕入類は分りますか。」との質問に対し「東金市の斎藤さんの仕入しか分りませんから、その他は斎藤の仕入から推計して下さい。」と答え、その他の商品の仕入先や仕入金額などの回答をしないまま一貫して不得要領に終始した。

その際右職員はたまたま店舗内に原告のものと認められる千葉信用金庫の小切手帳および売上帳があつたので、原告にその提示を求め、原告の了解のもとにその記載内容を写した。

(二) その後、同人は病気になり、原告の所得調査を続行することが不可能となつたので、調査は結論を得ないまま一時中断される結果となつた。そして昭和四〇年に至り、他の職員が昭和三八年度分の所得のほか、その後原告から提出されていた昭和三九年度分の所得税の確定申告の調査をなすため、前後七回にわたり同人宅に臨店した。

(1) すなわち、昭和四〇年七月二〇日千葉税務署職員が原告方に臨店したところ、同人が在宅していたので、身分証明書と検査証を示し、昭和三八年度分および昭和三九年度分の帳簿書類の呈示を求めたところ、原告は長男国造の不在等を理由に調査の延期を求めたので、同職員は原告の四、五日中に必ず連絡するとの約束を得て、退出した。

(2) その後、原告からの連絡がなかつたので、同月二七日臨店したところ、原告から再度長男国造が出張のため不在との理由で調査の延期を求められ、やむなく、八月三日まで待つことを約して退出した。しかし、当日になつても連絡がないので、電話連絡したところ、原告は「息子が帰つたばかりで、帳面を探しているからしばらく待つて欲しい」といい、八月六日再度電話連絡をしたが、今度は八月一八日まで待つてもらいたいとの要望であつた。

(3) そこで同年八月一八日原告宅に赴き、はじめて長男国造に会い、数回来店したが、同人に会えず、そのため調査が延期していることを告げ、両年度分の帳簿書類の閲覧を求めたが、同人は「昭和三八年度分の資料はすでに処分したので残つていない。昭和三九年度分については本日調査を受けると思つていなかつたので準備していない。」と答えたので、同職員が「三九年度分の資料は揃えられますか。」と質問したところ、四日位で揃えられるので、その時連絡する旨の返事があつた。

(4) ところが、右約束にもかかわらず、その後何ら連絡がないので、同年九月四日原告方に臨店し、国造に面接したが、同人は、八日に揃えておく旨答え、帳簿書類の提示をせず、また具体的な質問にはほとんど答えず、調査に応ずる気配がなかつた。そこで同職員は「収支計算等の明細の照会」と題する書面に所定の事項を記載して提出するよう依頼し、退出するほかなく、同日の調査も未了となつた。

(5) 右職員が同年九月八日約束に従い原告方に臨店すると、国造は同職員が前回の調査のさい、店舗内の壁にピンで止めてあつた葉書の内容を写しとつた(先に述べたとおり、これは国造の同意をえていた。)ことをとらえて、あらかじめ待機していた千葉民商会員四名とともに「先日こちらにみえたとき、民商より送付した葉書を書き写したが、何の権限に基づいてやつたのか。越権行為ではないか。」などとののしり、詰問した。以上のような状態で税務調査の続行は今回も不可能となつた。

(6) さらに、同年一二月一八日調査の完結を図るため、職員二名が原告方に赴いたが、原告および国造とも不在であつた。同月二〇日あらためて臨店し、国造に面会したところ、同人は「前回の係長の暴言(民商会員との言葉のやりとり。)は許せない。係長に謝つてもらわないかぎり調査に応じられない。」と答え、全く調査に応じる態度はみられず、調査は不能となつた。

以上(一)、(二)で述べたとおり、原告は帳簿書類をみせるとの再三の約束にもかかわらず、矛盾にみちた無責任な答弁をして、結局帳簿書類の提出をせず、調査の引延ばしをはかり、葉書の問題を口実に公然と調査回避を行うに至つた。したがつて、被告としては、これ以上原告に対する調査を続行しても、真実の所得金額を捕捉することは不可能であると考え、推計により本件各更正処分をなした。

4  (推計課税について)〈以下略〉

理由

一請求原因1、2の事実(本件各更正処分の存在と訴願前置等)および原告が昭和三八年および昭和三九年当時食肉や煙草等の販売を業とする小売商を営んでいたことならびに本件各更正処分が推計によりなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、昭和三八年一〇月以前は、原告の妻が主に経営に携わつていたが、同月妻が死亡してからは、店舗の名義人は原告であつたものの、原告の長男国造が店をきりもりし、帳簿書類を作成するなどして、実質的に経営に関与していたことが認められ、ほかには右認定を動かすに足りる証拠はない。

二〈証拠〉を総合すると以下の事実が認められ、〈反証排斥〉、ほかには右認定を動かすに足る証拠はない。

すなわち1国造は昭和四〇年八月一八日千葉税務署職員二名による昭和三八年度分および昭和三九年度分の所得調査を受けたが、同人は約一年前の昭和三九年夏頃すでに昭和三八年度分の調査を受け(その際、売上帳や小切手帳の調査がなされた。)、その後何らの調査もなく、その結果昭和三八年度分の所得調査はすでに完了したと考えていたので、右調査に不審をいだき、調査の理由を問いただしたが、何の返事もなく、また昭和三九年度分の所得の調査については、妻から国造の留守中税務調査が一度なされたことを聞かされていただけで、今回の調査の日時をあらかじめ知らされておらず、帳簿書類を用意することができなかつたので、次回の調査までには用意すると答え、右職員もこれを了承して、当日の調査は終了した。2昭和四〇年九月四日国造は二回目の調査を受け、当日両年度分の売上帳や仕入帳等を用意していたが(もつとも後記認定のとおり、昭和三八年度分の帳簿書類は、記載もれがあつたりして完全なものではなかつた。)、両年度分の所得調査の理由を問いただしたところ、返答が得られず、また職員の一名と話しをしている時、他の職員が国造の承諾なく店舗内の壁にピンで留めてあつた千葉民主商工会からの総会招集の通知に関する葉書を取りはずし、その内容を写しとつたので、これに抗議し、押問答となり、当日の調査も未了に終つた。3同月八日同人は三度目の税務調査を受けたが、あらかじめ千葉民主商工会の事務局員や会員の立合を求め、三名の千葉税務署職員に対し前回葉書の内容を無断で写しとつたことに抗議し、謝罪を求めるとともに、税務調査をなす理由を問いただしたが、右職員らは調査の理由を告げず、また葉書の件と税務調査とは別問題であるから調査に協力して欲しいと答えるのみであつたので、国造はこれらの要求がいれられないかぎり、調査に応ずることはできないと述べて、拒絶した。4そして、昭和四〇年一二月二〇日千葉税務署職員二名が原告宅を訪れ、国造に面会し、反面調査によりほぼ所得金額を把握したが、経費があれば教えてもらいたいと述べたが、国造は葉書の件につき、当局の謝罪を得るまでは調査に応ずることはできないといつて拒絶した。

以上の事実が認められ、右各事実を全体として考察すると、国造としては、税務署職員が所得調査をなす、合理的に必要と認められる理由を告知し、かつ葉書の内容を無断で写しとつた違法な行為(葉書は所得税法六三条の「事実に関する帳簿書類その他の物件」には該当しないから、葉書の内容を写しとることは、質問検査権の対象とはならず、後述するように純粋な任意調査のもとでのみ許さるべき性質のものであつて、国造の承諾なくしてなされた右行為は、明らかに違法なものというべきである。)に対する国造の抗議に誠実な態度を示せば、被告の税務調査に応じたものと考えられる。

もつとも〈証拠〉によると、(一)、昭和四〇年七月二〇日と同月二七日千葉税務署職員が、所得調査のため原告宅を訪れたが、国造が所用で不在のため同人に面会できず、調査未了となつたこと、その後同年八月四日原告宅に電話連絡をし、これを受けた原告は帳簿書類等を探しているから調査を二、三日待つて欲しいと答えたので、同月八日再度電話連絡をし、同月一八日調査を行うことの同意を得、同日はじめて国造に面会し、税務調査を実施したが、同日の調査も未了に終つたこと、そして被告は原告が税務調査のひきのばしをはかり、右調査に応ずることはないと考え、同月二五日頃から原告の取引先や取引銀行の反面調査を開始したことが認められるが、(二)、証人木村国造の証言によると、同人はこれまで原告が一度税務調査を受けたことを妻から聞かされていただけで、この間の具体的事情を知らなかつたことが認められるので、右(一)の事実も、前記判断を左右するに足りない。

三〈証拠〉を総合すると、原告は昭和三八年度分の事業に関する帳簿書類として、売上帳、仕入帳、小切手帳を有しており(もつとも売上帳については一部記載もれがあり、昭和三八年一〇月頃一部処分したものもあつて、完全なものではない。)、昭和三九年度分の帳簿書類として、売上帳、仕入帳、小切手帳を有していたことが認められ、〈反証―排斥〉ほかには、右認定を動かすに足りる証拠はない。

四申告納税制度のもとでは、税務署長の更正、決定による課税は例外であるうえに、所得課税は実額課税が原則であるから、推計による税額の確定はあくまで例外にとどまるべきである。

そして所得税法六三条の質問検査権は滞納処分のための調査や犯則事件の強制調査とは異なり、いわゆる任意調査ではあるが、被調査者は調査に応ずる義務があり、この義務の不履行に対しては刑罰が科せられている(所得税法七〇条一〇号、一二号)。ところで所得税法六三条は収税官吏は所得税について必要があるときは、納税義務がある者等に質問し、またはその者の事業に関する帳簿書類等の物件を検査することができると規定するが、この規定を広く解すると、課税徴収権の名のもとに税務署職員の恣意的判断により、被調査者に対しその種々の私的利益の犠牲を強いることとなる。したがつて被調査者は合理的な理由があれば調査を拒むことができ、調査を拒んだことにより刑罰を科せられることはないものと解するのが相当である。このことは条理上当然のことであつて、推計課税についても同様のことがいえる。すなわち、被調査者が、合理的な理由なく、資料提供を拒否する等協力的態度を示さず、その結果所得の捕捉が不可能となつた場合にのみ推計課税をなしうるというべきである。

これを本件についてみると、実質上の経営者であつた国造が税務調査の合理的必要性の開示を求めたり、税務署職員の違法行為に対する陳謝を求めたが、これらがいれられなかつたので、税務調査を拒否したことは合理的な理由があり、正当な権利の行使であるというべく(税の徴収確保と被調査者の私的利益の保護との調和するところで、質問検査権の限界を考察すると、被調査者は当該税務署職員に対し調査の合理的必要性の開示を要求でき、右要求がいれられないかぎり、適法に質問検査を拒むことができる。)、かつ税務署職員が国造の右要求に対し、調査の合理的必要性を開示し、陳謝の要求に対し誠意ある態度を示したならば、国造は帳簿書類を呈示するなどして調査に応じたであろうことが認められるのである。

したがつて被告のこの点に関する主張事実は認められず、結局、本件では推計課税をなすことは許されないというべきである。

五以上のとおり、被告の原告に対する本件各更正処分は違法である。よつて、その余の事実を判断するまでもなく、右各更正処分の取消を求める原告の請求は理由があるから、これらを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。(渡辺桂二 川口春利 勝又護郎)

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